岡山地方裁判所 平成6年(行ウ)24号 判決 1996年2月26日
原告
山本安民(X1)
同
藤原宏(X2)
同
春名一明(X3)
同
大平孝昭(X4)
同
草場知喜(X5)
同
頓宮洋子(X6)
同
小西良平(X7)
原告ら訴訟代理人弁護士
大石和昭
被告
備前総合開発株式会社(Y1)
右代表者代表取締役
波多野眞一
被告
(備前市長) 大橋信之(Y2)
被告ら訴訟代理人弁護士
石井辰彦
同
藤岡温
同
田村比呂志
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当時者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告らは、各自、備前市に対し、金六億三三八三万円を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
第一項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告らは備前市の住民である。
被告備前総合開発株式会社(以下「被告会社」という)は、備前市が川崎製鉄株式会社等により構成されるいわゆる川鉄グループを含む民間企業等とともに出資して平成元年六月一日設立したいわゆる第三セクターの会社であり、遊園地、ゴルフ、テニス、その他各種スポーツ、レクリエーション施設の開発整備、経営、管理、賃貸並びにゴルフ等の会員権の販売、その他を業とする営利会社である。
被告大橋信之(以下「被告大橋」という)は平成三年四月二七日から平成七年四月二六日まで備前市の市長の職にあり、その間備前市の長としてその公金の支出等財産管理処分権を有していた。
2 公金の支出
備前市は、被告会社との間において、平成六年二月二五日、被告会社所有の備前市閑谷字栗木谷一一四六番一保安林五万五九〇四平方メートル外五五筆の保安林、山林、雑種地面積合計一一一万八七七五平方メートルを代金六億三三八三万五〇五〇円で買い受ける旨の売買契約を締結し、同年三月二八日被告に対する支払として同額を支出した。
3 違法性
前項の支出は、次のとおり地方自治法二条第一三項、地方財政法四条一項、法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律三条、地方自治法一三八条の二、民法九〇条、備前市公有財産規則一〇条に反し、違法である。
<1> 経緯
被告会社は、備前市の五億二〇〇〇万円(土地等の現物出資等による)、株式会社中國銀行外一〇の地元民間企業の合計七〇〇〇万円、いわゆる川鉄グループの四億九〇〇〇万円の各出資により、資本金一〇億八〇〇〇万円のいわゆる第三セクターの会社として、平成元年六月一日発足し、ゴルフ場開発を核とした閑谷ハイランドパーク整備事業の準備活動を開始し、同年一一月二七日にはゴルフ場開発の前提条件となる右予定地に存在する保安林の指定解除を国に申請したが、備前市住民有志による「地域開発と自然を考える住民の会」等がゴルフ場開発及び保安林解除に対する強い反対運動を展開するなどしたため、平成四年には右保安林の指定解除が実現する可能性はなくなり、ゴルフ場開発等の事業進展が図れない情勢となり、経営面での資金の枯渇、負債の増大等もあり、ゴルフ場開発を断念するに至った。
このため、被告会社は事業目的を失い、倒産の危機に立ったことから、被告会社の主要な出資者である川鉄グループから、備前市に対し、被告会社の現状打開のためその所有土地を買収してもらいたい旨の要望がなされ、地元の一部出資者らからも同様の要望がなされた。
これを受けて、当時備前市長であり、かつ被告会社の代表取締役社長でもあった被告大橋は、被告会社救済のため、最終的に、自治省所管の地域環境保全林整備特別対策事業として森林公園「閑谷の森」整備事業を立案し、被告会社所有土地を右事業用地として買い受ける形をとる計画を進め、右土地を二年度にわたって分割して取得する案をまとめ、平成六年二月二五日、臨時市議会における前記2のとおりの平成五年度土地取得予算案(平成五年度備前市一般会計補正予算、土地の価格は被告会社の簿価による)の可決にこぎつけた。
これにより、備前市は、被告会社に対し、平成六年三月二八日、土地売買代金六億三三八三万五〇五〇円を支払い、被告会社は、その後、速やかに大口債務の返済(市中銀行七行に対し四億五七八〇万円、川崎製鉄株式会社に対し五〇〇〇万円、合計五億〇七八〇万円)をした。
その後、森林公園「閑谷の森」整備事業は何ら進展していない。
<2> 違法事由
前項の経緯からすると、備前市は、実質的には本件土地取得に公共的な目的を有しないのに、被告会社の債務返済、損失補償のため、その土地購入の形式をとったにすぎない(実体は債務保証に当たる)ものであり、右は、公金管理の必要最小限度の原則、すなわち自治体の資金の源泉が住民による租税負担である以上、自治体は資金を最小の経費で最大の効果をあげるようにしなければならないとの規定(地方自治法二条一三項)に反し、また、地方公共団体の経費はその目的を達成するための必要かつ最小限度を越えてこれを支出してはならないとの規定(地方財政法四条一項)にも反し、さらに、地方公共団体は、会社その他の法人の債務については保証をすることができないとの規定(法人に対する政府援助の制限に関する法律三条)の趣旨を潜脱するものであり、いずれにしても違法である。市長が前項のような違法な支出を行うことは、市長に課せられた地方公共団体の事務を誠実に執行する義務(地方自治法一三八条の二)に反し、違法である。
本件土地売買契約は、土地取得の経過目的から、公序良俗(民法九〇条)に反し、無効である。
備前市公有財産規則第二章「取得」には、不動産等購入の場合の条件が定められているところ、前記<1>の土地買受は、右財産規則に基づかず、かつ、代金決定のための不動産鑑定評価をすることもなく、被告会社のいいなりにその簿価で購入価格を決定しており、この点でも違法である。
4 責任
当時備前市の市長であるとともに、被告会社の代表取締役であった被告大橋は、前記3のとおり、被告会社と通謀の上故意に、そうでないとしても過失により、前記2の公金の支出を招いたものであり、その結果、備前市に金六億三三八三万円の損害を与えたものであるから、民法七〇九条、七一九条の不法行為責任を負う。
5 住民監査請求
原告らは、平成六年八月九日、地方自治法二四二条一項に基づいて、備前市監査委員に対し、前記2の公金の支出について、私企業の損失を市民の貴重な公金を持って補填する不当な行為であり、売買価格も不当であるなどとして、備前市長であった被告大橋を相手として住民監査請求をなしたところ、同監査委員は、同年一〇月三日、原告らに対し、「備前市長措置請求に係わる監査の結果について(通知)」と題する書面をもって、右請求に理由がないとする旨の通知をした。
6 結論
よって、原告らは、被告らに対し、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づいて、備前市に代位して、各自金六億三三八三万円を備前市に支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2、5は認める。
請求原因3、4は争う。
備前市による請求原因2の土地取得は、平成五年度に新たに創設された自治省所管の地域環境保全林整備特別対策事業の用に供するためになされ、具体的な公共目的に基づいたものであり、専ら被告会社の損失補填を目的としたものではない。結果として、右土地取得売買代金を受領した被告会社がこれを債務の弁済資金に使用したからといって、そのことによって直ちに右土地取得が違法となるものではなく、備前市が被告会社の債務を保証したことになるものでもない。右土地代金額は、被告会社の成立時(平成元年)における取得価格(簿価)と同一であるが、右価額は当時の周辺実例を基にして算出した鑑定額であり、被告会社として取得原価(簿価)以下では売却できない事情があったことなどからすると、右価額の決定に備前市長であった被告大橋に裁量権の逸脱があったとはいえない。
したがって、請求原因2の土地代金支出に請求原因3のような違法事由はなく、請求原因4の責任も生じない。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これらを引用する。
理由
一 当事者
請求原因1は当事者間に争いがない。
二 公金の支出
請求原因2は当事者間に争いがない。
三 違法性
原告らは、請求原因2のとおり、前項の支出が、地方自治法二条一三項、地方財政法四条一項、法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律三条、地方自治法一三八条の二、民法九〇条、備前市公有財産規則一〇条に反し、違法である旨主張するが、次に説示するとおり採用できない。
1 経緯
〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。
昭和六三年頃、備前市ではいわゆる川鉄グループと連繋したゴルフ場開発を核とする総合レジャースポーツ施設の開発設置運営による地域振興策推進の気運が盛り上がり、第三セクター方式による事業計画が提言され、地元民間企業らも賛同して実現に向けて準備が整えられ、事業に関係する地元地区における説明会等も実施されたが、この動きを見て、同年一二月備前市住民有志らが「地域開発と自然を考える住民の会」を結成し、ゴルフ場開発反対運動を展開し始めた。
平成元年三月、備前市定例議会において、事業推進に当たることが予定される第三セクターに対し、市有地約一四〇ヘクタール(五億二〇〇〇万円相当)を現物出資する旨の議決がされ、同年四月、備前市(当時神坂篤市長)と川崎製鉄株式会社との間でゴルフ場を核とする総合レジャースポーツ施設開発プロジェクトの事業化を目的とする新会社(第三セクター)設立に関する覚書が締結された。右覚書において、備前市は、新会社設立前にプロジェクトに必要な官公庁の許認可が取得可能であることを確認した上、プロジェクト推進についての備前市議会、地元住民等の事前の承認又は同意を得、プロジェクトの対象用地の所有者が新会社に正当な対価で譲渡するよう事前の根回しをする旨約し、また、川崎製鉄株式会社は、プロジェクトの中心となるゴルフ場が事業化可能であり、採算性があることを確認する旨宣言し、さらに、双方は、新会社設立予定日までに右の確認、約束、宣言事項のうち一つでも充足されなかった場合には新会社設立の延期又は中止その他必要な措置を講じる旨の合意をした。
平成元年六月一日、被告会社は、備前市の五億二〇〇〇万円(現物出資にかかる市有地の評価額、出資比率四八・一パーセント)、株式会社中國銀行外一〇の地元民間企業の合計七〇〇〇万円(出資比率六・五パーセント)、いわゆる川鉄グループの四億九〇〇〇万円(同四五・四パーセント)の各出資により、資本金一〇億八〇〇〇万円のいわゆる第三セクターの会社として発足し、ゴルフ場を中心とする総合レジャースポーツ施設である「閑谷ハイランドパーク」開発事業の準備活動を開始した。
被告会社は、開発予定地として、山陽自動車道の備前インターチェンジから約二キロメートル内に存する備前市の現物出資にかかる土地及びその周辺土地あわせて約二三〇ヘクタールを予定し、周辺土地の買収を行ったが、その際、不動産鑑定を行い、右結果に従って買収価格を一平方メートル当たり三七〇円から八五〇円までの範囲内とした。なお、当時山陽自動車道路用地の買収は一平方メートル当たり二八〇〇円でなされていた。
開発予定地は普通林約七〇ヘクタール及び保安林約一六〇ヘクタールからなり、右保安林は、森林法に基づく農林水産大臣の指定解除が必要な水源涵養保安林、土砂流出防備保安林又は土砂崩壊防備保安林であり、被告会社は、平成元年一一月二七日右保安林解除の申請をしたが、他方、備前市住民有志らによる「地域開発と自然を考える住民の会」等は右保安林解除について農林水産大臣に反対の陳情をするなどして強力な反対運動を行い、保安林解除がいわば暗礁に乗り上げたかたちとなった。
平成三年二月、保安林解除申請について国への進達事務を取り扱う岡山県東備地方振興局長は、被告会社に対し、前記保安林解除申請について、地域住民の同意が不十分であり、環境影響評価等により事業計画の変更が生じているなどとして、これを返戻する措置をとった。
平成三年四月二七日、被告大橋は前職に代わって備前市長に就任し、第三セクターである被告会社の「閑谷ハイランドパーク」構想の前提となる保安林解除の実現が極めて困難な情勢にあることを認識したが、右構想による事業を推進し成功させたいとの意向から反対派住民らの説得に努力するとともに、平成四年三月には被告会社代表取締役に就任した。
被告会社は、平成四年六月、岡山県に対し、開発予定地の保安林解除等の申請を再提出して受理されたが、これを国へ進達するためには、あくまで保安林解除反対住民の説得が必要であるとされていたのに、右説得実現の見込みはたたない状態であった。
平成四年一一月頃には、被告大橋は、保安林解除反対住民の説得が不可能と考えるようになり、この間、被告会社は、収入が全くないのに、支出が累積して、債務額もふくれ上がり、保安林解除問題をネックに事業進展の可能性もなく、このままでは倒産も必至の情勢となっていた。
被告大橋は、備前市長として、被告会社が倒産した場合、備前市が中心となって地域振興策として第三セクター方式で、「閑谷ハイランドパーク」開発事業を推進してきた手前、関係省庁や出資企業あるいは地域社会に及ぼす悪影響や市としての信用失墜等は避けられないほか、仮に破産手続に移った場合被告会社所有の土地(大半が保安林)の競売等による分散散逸による森林資源の荒廃等も憂慮されることから、そのような事態を是非とも阻止したいと考えていた。
平成四年一二月頃、被告会社の有力な出資者である川鉄グループから、備前市側に対し、被告会社の運営と現状打開策等についての協議の申入れがあり、その席で、被告会社所有の開発予定地約二三〇ヘクタールを簿価一一億一五八〇万七〇〇〇円で買収してもらいたいとの要望がなされた。
平成五年一月、自治省は、平成五年度からその所管にかかる新規事業として地域環境保全林整備特別対策事業の実施を計画し、都道府県に対してその旨通知をし、その頃、備前市は、岡山県を通してその情報を得た。右特別対策事業は、地方自治体が地域振興等の観点から環境保全等に優れた価値を有する森林(保安林を含む)を公園等の公の施設として管理し、保全活用を図るために取得する場合の支援措置を講じることを通じて地域の豊かな生活環境の確保に寄与することを目的として創設されたものであるが、被告大橋は、「閑谷ハイランドパーク」計画跡地を右特別対策事業に利用できないかと考えるようになった。
被告大橋は、平成五年二月一五日、市議会全員協議会において、被告会社の危機的状況に対する今後の対応策について報告し、被告会社の事業継続を断念し、被告会社から備前市が土地を買い受け(買い戻し)て、その売買代金で被告会社にそれまでの負債をすべて返済させ、出資した一一の地元民間企業に対してもその出資金を返却させる旨の提案をした。同年三月三日には、定例市議会における平成五年度施政方針として、「閑谷ハイランドパーク」構想の白紙撤回を表明し、被告会社所有の土地については、その大半を備前市が買収してその利用を考えたい旨、被告会社の今後については、経営をスリム化し、右土地買収による代金を債務返済に回し、出資者にはできるだけ迷惑をかけないようにしたい旨等の発言をした。同月一七日には、市議会全員協議会において、右施政方針の内容に従って、備前市が被告会社所有の土地を購入し、その代金で被告会社にその債務を返済させたい旨等を発言したが、備前市が購入した土地の利用方法までは説明せず、市議会議員の中からは、被告会社の借金返済のために、なぜ備前市が公金を支出しなければならないのかなどの批判的な意見も出た。なお、同月三一日現在の被告会社の負債は、総額八億二三一六万円余であった。
平成五年五月一四日開催の臨時市議会において、被告大橋は、「土地の取得について」と題する決議案(議案第二九号)を提出し、「閑谷ハイランドパーク」開発予定地における被告会社所有土地二二九万七九四八平方メートルの所有権八〇パーセントを代金八億九二六四万五六四〇円で買収したい旨提案し、買取土地の利用目的については、前記地域環境保全林整備特別対策事業を計画策定し、これに供する予定である旨説明したが、些か具体性に乏しかったため、議決までには至らず、とりあえず継続審議とされた。
右臨時市議会の後、平成五年六月一七日、自治省から、岡山県を通じて、備前市に地域環境保全林整備特別対策事業の具体的要綱がもたらされたことから、被告大橋は、同月二二日の定例市議会において、前記継続審議となっていた第二九号議案を撤回し、被告会社からの買収土地を右特別対策事業に利用する計画策定を急ぎ、自治省に対して事業申請し採択されれば、その用地取得のための議案を改めて提出したいと述べ、その後、備前市は、自治省に対し、右特別対策事業として森林公園「閑谷の森」(仮称)整備事業を具体化し、その用地として被告会社所有地を予定する旨の事業申請をした。右事業の概要は、総事業費一七億一九〇〇万円、用地面積一九〇万四〇一四平方メートルであり、その目的としては、市民が自然への理解と愛情を深め、地域の自然環境の中で手軽に利用できる「憩いの場」をもうけ、また、市民が身近な自然に親しみ、学び、育てる「環境教育の拠点」を整備するというものであったが、具体的な設計図書作成は今後の課題とされていた。
平成五年一〇月二二日頃、備前市は、自治省から森林公園「閑谷の森」整備事業について、事業採択の内定通知を受けた。
平成六年一月二四日、被告会社への地元出資者である備前市農業協同組合、伊里漁業協同組合、三石商工会及び備前商工会議所の四団体は、閑谷ハイランドパーク計画跡地(被告会社所有土地)について、備前市議会が右土地の有効利用に関する前記二九号議案を継続審議としたほか、その後も必ずしも市当局提案の有効利用に関する提案に積極的でない態度をとるのではないかと懸念し、備前市議会議長に対し、右有効利用に最大の努力をしてほしい旨の要望書を提出した。
被告大橋は、平成六年二月四日、市議会全員協議会において、備前市が森林公園「閑谷の森」整備事業を実施し、その用地として被告会社所有の「閑谷ハイランドパーク」計画跡地を買収(同年度と平成六年度の二年度にわたって取得)し、そのための平成五年度の予算措置として六億三四〇〇万円を計上する旨再提案し、同月二五日、第一回臨時市議会において、右事業の用に供するため、被告会社から備前市閑谷字栗木谷一一四六番一保安林五万五九〇四平方メートル外五五筆の保安林、山林、雑種地面積合計一一一万八七七五平方メートルを代金六億三三八三万五〇五〇円(被告会社の簿価による、鑑定は行われなかった)で買収したい旨の議案を提出し、右議案は、平成五年度一般会計補正予算案とともに可決された。なお、右売買価格の決定に際して、被告会社側としては多額の負債を抱えている関係上簿価(取得原価)を下回ることは避けたく、他方、備前市側としてはできるだけ安価に購入したいところであったが、平成元年における被告会社による購入当時の鑑定結果に従った買収価格が一平方メートル当たり三七〇円から八五〇円までの範囲内であったことや、近隣山陽自動車道路用地の買収価格二八〇〇円等を参考に、簿価によることもやむを得ないと判断し、その買収に応じた。また、右買収土地には、備前市が被告会社に現物出資した一六筆の土地が含まれていた。
右議決により、平成六年二月二五日付けで備前市(市長被告大橋)と被告会社(代表取締役副社長竹川源五郎)との間において右可決議案の趣旨に沿った土地売買契約が締結され、同年三月二八日、備前市から被告会社に対して右売買代金六億三三八三万五〇五〇円が支払われ、被告会社は、大口債務の返済として、同月三一日までに、市中銀行七行に対して四億五七八〇万円を、川崎製鉄株式会社に対して五〇〇〇万円を返済した。
平成六年度には、備前市が被告会社から購入を予定していた残り約七八・五ヘクタールの買収の議案については、いわゆるバブル崩壊後の市の財政事情の悪化から、議会上程は行われなかった。
その後、被告大橋の平成七年四月二六日までの備前市長任期中、前記整備事業として散策路の造成等が行われたが、市長交代後、右事業は殆ど進行していない。
以上のとおり認められる。
2 違法事由
前項認定の経緯によれば、第三セクターである被告会社は「閑谷ハイランドパーク」開発事業の中心となるゴルフ場開発の前提条件である保安林指定解除に対する見通しの甘さから、設立始動したものの行き詰まって経営危機に陥り、その危機的状況のなかで、備前市長に就任した被告大橋は、出資民間企業から、打開策として備前市による被告会社所有の「閑谷ハイランドパーク」計画跡地の買収を要請され、備前市としては、自ら設立に参画し出資した被告会社の倒産、それによる関係省庁や出資企業あるいは地域社会に及ぼす悪影響や市としての信用失墜、更には被告会社所有の土地(大半が保安林)の競売等による分散散逸に伴う森林資源の荒廃等の悪しき事態を是非とも回避したいと考えていたところに、国の支援措置を受けられる自治省所管の新規創設事業である地域環境保全林整備特別対策事業に関する情報が届いたことから、右計画跡地を国の支援の下に右特別対策事業用地として買収すれば、これを市のために有効利用することができると同時に、前記事態を回避することができるとして、市議会の議決を得て、前記二の被告会社との土地売買及び代金支払のための公金支出に至ったものというべきである。
したがって、被告会社の設立、事業計画の策定及び保安林指定解除の見通しの甘さなどに纏わる当時の備前市や出資民間企業の責任問題は別として(右当時被告大橋は備前市長には就任しておらず、本件においていわば前職らの失政の後始末に関与したものである)、前記二の被告会社所有土地の買収及びその代金支払のための公金支出自体については、備前市の公共目的達成のための施策であったということができ、結果として、出資民間企業からの要請に応じ、被告会社の救済に手を貸したとの側面が存したことは事実であるが、右公金支出当時に備前市が置かれた状況下における施策としては、可能な選択肢の一つとして合理的な範疇に属するものであったと解され、原告らが請求原因3<2>において主張するように、実質的には公共目的を有しないのに被告会社の救済のために土地買収の形式をとったものとは認められない。
確かに、買収土地の利用目的であった筈の森林公園「閑谷の森」整備事業は、一部着手されたものの、その後は殆ど進行していないが、右は、その後の経済情勢の変動や被告大橋の市長職就任期間が終了したことなどによるものと認められるから、その後の事業の進行がないことをもって、直ちに右公金支出が原告主張のとおりのものであったとすることもできない。
また、被告大橋が備前市長であるとともに被告会社の代表取締役であったことも、住民の疑惑を招きやすい組織体制であるという点において問題なきにしもあらずであるが、前記経緯のとおりこれを原因として何らかの不正が行われたことをうかがわせるような事情もない。
したがって、前記二の公金支出が地方自治法二条一三項又は地方財政法四条一項に反し、あるいは法人に対する政府援助の制限に関する法律三条の趣旨を潜脱するものとはいえないところであり、また、被告大橋に地方自治法一三八条の二に反する行為があったともいえず、さらに、民法九〇条の事由も認められない。
ところで、原告らは備前市公有財産規則違反の点をも主張し、被告会社所有土地の買収に際して不動産鑑定評価を経ていないことは前記1認定のとおりであるが、右売買価格の決定に際して、備前市側が、被告会社側には簿価(取得原価)を下回ることは避けたい事情があることや、平成元年における被告会社による購入当時の鑑定結果や近隣取引例を参考に、簿価によることもやむを得ないと判断したことも前記1認定のとおりであるところ、これらの事情からすれば、備前市側に取得価格決定における裁量権の逸脱があったとまでは認め難く、他に右取得価格を不当とするに足りる証拠もないから、備前市公有財産規則違反は認められない。
四 責任
原告らは、請求原因4のとおり主張するが、前記三のとおり、前記二の公金支出に違法性は認められない上、被告大橋と被告会社が通謀の上故意に備前市に損害を与えようとした事情を認めるに足りる証拠はなく、また、過失を認めるに足りる証拠もない。
五 住民監査請求
請求原因5は当事者間に争いがない。
六 結論
以上によれば、原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 白井俊美 藤原道子)